先日、明日は明日の風が吹くの更新用に巡回をしていて、かーずSPさんの所でこんな記事を見た。■ネットはもちろん、メールも禁止?1週間“ネットなし生活”に挑戦してみたニュースでも紹介はしているんだけど、その後色々考えたので、その考えの流れを書いておこうかと思う。 趣味としてのネットは無くてもどうにかなるんだけれど、日々の活動の色々な所にネットが絡んでくるので、それを無しにするというのは相当大変な事になる。この企画でも苦労してて結局1週間もたなかったようだけれど、仕事に関してはかなりきついだろうね。情報収集が一切出来なくなっていくからねぇ。 全てがアナログで用意されている、ネット利用しない事を前提にした環境が整えられている、そういう場所以外でのネット無しは相当難しい。ネットがどうこうという意識が無く、当たり前のようにそれが生活に入り込んでいるから。昔は無いのが当たり前……というより、無かったんだよね、ネットなんて。 そしてネットが普通にある今の時代、ネット利用を進めると効率が良いね。人と話さなくて良くなるし。それが無い頃は無いままに生活出来ていて、まるで問題は無かった。それが普通だったから。でも、今はそれらが普通に生活に入り込んでいる。それを無くせば、弊害だらけになるだろうな。携帯での企画も見た事があるけれど、同じように厳しいと思う。 ただ、メリットとして挙げられている事も見逃せない事ではあるな。そして、この考えが、これから10年・20年経った時に、どういう風に受け止められるのか、そこにも興味がある。 私はこの考え方が理解できるし、そうだよなぁという共感もある。でも、それは私が「ネットが無い時代」からいるからだと思う。当たり前のようにネットがある中で生まれ育った人達が、この考えを聞いても、共感出来ない可能性もあるよね? 私は「ネットが無い時代」を知っている。だからこそ、それが無い状態を、想像ではなく実感として分かる。仕事にしたって、PCすらまともに無い状態から開始して、ネットに繋げるという事が無いままに仕事をしていた。だから、体験している訳だ、ネットが無い生活を。 生まれた時から周りにはネットを活かした様々なサービスが存在し、それを利用する際にネットであるという意識もあまりしないであろう人達が、それらが無い時に代替えとして想像する物は何だろう?と思う。私は自分の過去を思い出せば済む。でも、今の人達はどうするんだろう? 携帯電話も同じ。ネット利用より少し後ぐらいから使うようになっていったかな。でも、今では小学生でも携帯を持つ時代になっている。これが無いとしたらどうする?と言われても困るだろうな。公衆電話も減ってきているし。テレホンカードって何かの景品であって使う物では無くなっているのではないかとすら思う。 追加されていった便利な物ではなく、スタートからある物。それが出てきて便利になったと思う物ではなく、ただそこにある物。同じ物を見ているようで、まるで違う見え方をしているのではないだろうかと思うと、不思議な気持ちになる。 今、身の回りにある様々な物、便利だと思う物、当たり前のように思う物……その「便利」「当たり前」といった辺りを見直してみると、また違った見方が出来るのかもしれない。世代の差、地域の差、色々な差から生まれる見え方の差、そういった物に興味が湧いて仕方が無い。 <関連> ・現実世界とネット世界の関係を考える ・現実とネットの両方の世界が身近な子供達 ・便利になって喜んで、不便な頃の良さを知る |
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[コラム・エッセイ]同じ物を見ているようで違う物が見えているのかもしれない
同じ物を見ているようで違う物が見えているのかもしれない ひとりごと/ウェブリブログ 昨日紹介した「ネットはもちろん、メールも禁止?1週間“ネットなし生活”に挑戦してみた」を読みながら、色々と考えたので、それを纏めてみた。元ネタに関連するのはネットを止めたら ...続きを見る |
明日は明日の風が吹く 2008/02/26 23:12 |
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