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LSTYさんの「他人の不幸は蜜の味」を読んでいて、反論してみたい部分があったので、一本の雑文にまとめてみた。その元記事はこちら。 ◆11/1日記(玉石混淆・緊張と弛緩) この日の日記の全部では無くて、一部の箇所についての反論になる。そしてそれ以外の部分においては賛成なので、一部分だけの反論という事になる。ニュースサイトをやっている上に、ニュースサイトを見るのが好きな私からの反論という事になるのかな。 さて、この日の日記は箇条書きで書かれているんだが、この並びで書かれている一部分が私の反論したい対象部分となる。箇条書きで二つ分なので、まず一つ目。 ・いろんな情報があるから面白い。体験したこと考えたことを無差別にwebに放出する、そこから何か生まれるかも知れない。 賛成。但し、ニュースサイトは「それらの様々な情報から面白い(と思う)物を選定して放出する」という場でもある。そして私はそれをやっている。という事で次の部分から反論へ。 ・ただ、webからニュースを拾ってきてwebに放出しても、それはそんなに面白くはないよな、と僕は思うのです。 webからニュースを拾ってきて、webに放出するという事でいえば、ニュースサイトはまさにその形式だと思う。ただ、私がそこに面白さを感じる理由はある。これは特定の条件がつくので、全部が全部のニュースサイトに当てはまる訳でも無いし、単なる私の好みでもあるのだが…… 以前書いた『好きなニュースサイトの傾向は?』でも書いた事だが、とりあえず要約してみる。 私は、無差別ではなく意思を持って選定されている事、そしてその意思がどういうものか、またその選定された記事に対してどういう風に考えているかをコメントとして残す事で、単にニュースの紹介では無く、書き手の意思が読み取れるのではないかと思っている。 つまり、ニュースの元記事は、そのニュースサイターにとっての「刺激」であり、それが単に無差別に放出ではなく「刺激を受けた」という条件の元に、新たにwebに放出されている。そしてその刺激の内容をコメントという形で文章にする事によって、新しい一つの記事になるのではないかと。 更に私は自分がニュースサイトをやっていて、こういう風に書きたいという思いを『ニュースサイトで目指しているものは何か?』でこんな風に書いた。 ニュースサイトで目指すもの、それは自分なりに取捨選択されたネタ+コメントというスタイルで形作り、そこを見に来た人が面白いネタだと思い、更に何かを感じたり思ったり考えたり……そういうきっかけになる事、そこにあると思っている。 ニュースサイトは、玉石の玉だけを集めようとしている行為かもしれない。自分なりには玉を集めて列挙するが、そこにコメントという形で新しく自分の意思を放出したい。この自分の意思は玉石混合になるだろう(私は石だらけだが……)。 別に長文コメントで無くても、ちょっとしたコメント一つで、その元記事に対して何かを感じるきっかけになれば、それはニュースサイトとして(私の価値観としては)成功だと思う。 そんなニュースサイトがあれば、それは面白いと思えないだろうか? また、コメントが無いとしても、「何故この記事が取り上げられたのか?」などと考えるきっかけになるかもしれない(私はあまりこれが無いのでコメントが多い方を好むのだが)。受け取り方、楽しみ方次第で、ニュースサイトは十分楽しめると思うし、そういうタイプのニュースサイトはきっとあると思うのだがどうだろうか? <蛇足> この文章は、 ・いや、別にニュースサイトを批判しようというわけではない。 は読んだ上で、敢えて上の箇所についての考え方部分だけに反論してみたもの。批判されたと思ったからというより、「webからニュースを拾ってきてwebに放出」という形がニュースサイトとしてありえるよね、というところから、ニュースサイトの楽しみ方を再確認したので、それを「反論」という形で書かせて貰った訳で。考え方としてこういうのもありますよ的「反論」かな。思い切り蛇足だけど、一応書いておきたいので書いておく。 |
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