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help リーダーに追加 RSS きちんと躾が出来るだろうか

<<   作成日時 : 2005/09/13 20:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 7

 色々なニュースを見ていると、親の躾がまともに出来ていないからこんなおかしな事になるんじゃないのかと思う事が多々ある。それを法律でどうにかしようとしたり、学校や国に求めてばかりの人を見ると、「まず自分の家できちんと躾をしろ。それが前提の上で、次に集団生活での考えがあるんだろうが!」と言いたくなる。そして、ブログ等でそういう事を書いたりもしている。

 今、私には2歳の息子がいる。この子を躾けるのは、当然親である私と嫁さんになる。上記の通り、まずは家庭が子供の躾をする最初の場所であるという考えである以上、私としては息子にしっかりと躾をしたいと思う。

 問題は、その躾の仕方だ。厳しすぎては萎縮してしまったり、顔色を伺うだけになってしまうようで怖い。しかし、甘やかせば今時の「キレル」子供になってしまうようにも思う。大体、甘やかされて育った奴には悪感情を持つ事しか無かったので、甘やかして育ててはいけないという考えだ。

 このバランスをどうするか。息子への愛情は誰にも負けないが、かと言ってそれは甘やかす事では無い。きちんと躾をする事も、親の愛情だと思う。

 何処まで躾をするかという事はあるが、絶対にこれだけはという項目はある(最初の頃ね)。幾つか書いてみるとこんな感じ。

・「ありがとう」「ごめんなさい」をきちんと言える
・嘘をつかない
・人の気持ちが分かる(思いやりがある)
・物事を自分で考え、判断できるようになる

 4つ目が出来るようになれば、上は全て出来るんだろうけど、敢えて分けた。実際、今は上から躾けている最中だから。あまり法律を守れとかは入れようと思っていない。それは自分で考えて判断すれば良い事だから。分からなければ、まずは正しいと言われている事に従っておけば良いという判断もあるし(安易だが)。

 今は「ごめんなさい」をきちんと言えるように躾けてる。でも、何故か嫌がって泣き喚く事が多い。まだ2歳だから、そこまで強制しても……とも思いつつ、まだあまり分かっていない今だからこそ、理屈より先に体に覚えこませておきたいようにも思う。

 変な話、私は甘い父親になってしまっているのかとも思う。厳しい父親になるつもりだったのに、子煩悩で親馬鹿な私の性格の問題か。怖い父親と優しい母親というのが、私の理想の親像だが、全然今はそうなっていないように思う。私がある程度厳しくしないといけないよな、と。最近はそう思って、家にいる時に息子が悪い事をすると、「ごめんなさい」を言わせるようにしている。泣いても効果が無いという事も言い聞かせてるが、これは理解出来ないだろうな。

 今はまだ単純な事ばかりだ。「食事中立つな」「悪い事をしたらごめんなさいと言いなさい」「人を叩くな」「人に物を投げるな」……本当に基礎的な事ばかり。でも、これを適当にしたらきっと駄目な子になってしまう。当たり前の事を当たり前のように出来ても、誰も褒めてはくれない。出来て当たり前なんだから。それが出来ないという事は、相当問題があるという事だ。子供を愛すればこそ、当たり前の事は当たり前のように出来て欲しい。

 余談だが、この場合の「当たり前」は私の価値観における「当たり前」だ。それはそういう親の下に生まれた息子の運命として受け入れて貰うしかない。何れ自分で考えられるようになれば、それ自体も疑って貰って構わない。だが、今は私の(私と嫁さんの)価値観における「当たり前」「常識」そういった物で進めていくつもりだ。

 こういった細かい事から少しずつ進めていくしかないとは分かっているが、子供の躾をしていない馬鹿親によるネタとしか思えないようなニュースを見る度に、寒い気持ちになる。大事な大事な子供だけに、尚更最低限の常識と、考える力をつけてやりたい。

 問題は、私が躾けるバランスを掴んでいない事、これに尽きる(ループだが)。どう躾けてやれば良いか、どこまで怒って良いか。まだ2歳と見るか、もう2歳と見るか……他所の子とうちの子を比べても仕方が無いとは思いつつ、他所の子が何かをきちんとやれると知ると、うちの子も……と思ってしまうし。

 初めての子だし、一緒に過ごしているこの一日一日が、初めての体験になる訳で……ちょっとした成長に喜び、悪さに怒り、泣かれてうんざりし……ただ、それもこの子がうちの子として生まれてきてくれたからこそだとも思う。そしてこの子を立派に躾けてやりたいとも思い、また同時に何処まで口を出すかも考えなくてはならないと思う。小さい内は色々と口を出し、成長と共に徐々に助言程度に変えていこうとは思っているが、まだ2歳だしね。口を出すのもまだ早いのかなとも思ったり。

 こういう風に悩んでいると、私はきちんと躾が出来るんだろうかと思う。試行錯誤するしかないとはいえ、やり直しが利く事では無い。失敗しないようにとも思いつつ、どうして良いかの結論も無い。

 何処の親も、初めての子を持った時はこうだったんだろうか? 世の中の親という親にインタビューして回りたいぐらいだ。それはその人の子に対しては合っても、私の息子には合わないかもしれないのだから、確実に意味があるとは言えない訳だが……それでも、子育て・躾、そういった事を話し合ってみたいとも思う。自分自身のこの不安と戦う為にも。

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コメント(7件)

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自記事にしてTBは恥ずかしいのでコメント。
ウチ、この4つ、けっこうおっけーですよ。
「しつける」というより、「学んだ」んだと思う。
「ありがとう」「ごめんなさい」は、母が子どもたちに多発。「ごめんなさい」は、叱ったときに強い調子で叱りすぎたときは特に多発。「ごめんなさい、わたしの言い方が悪かった」とね。叱りっぱなしよりもこれが出たときの方が、「ごめんなさい」というわたしを「助ける」ために力を発揮する。(んじゃ、最初っから言うこと聞いとけよ)というくらいにね。この二つに加えて「お願いします」も出る、これはわたしが子どもに何かを頼むときに「お願いね」「お願いします」と言うし、夫に何かを頼むときにも「お願いします」が出るのを常に聞いているからだと思う。スーパーでレジを通るときにわたしが必ず「お願いします」と言ってカゴを出し、「ありがとう」と言ってレシートを受け取るのも常に見てます。
S嬢
2005/09/17 07:14
「人の気持ちがわかる」「思いやりがある」のは子ども自慢のネタになる部分です。これは多分、わたしが彼らにいろいろなことを「相談する」からだと思う。「どうしよう」「どう思う?」と。年齢なりの答が出てくるし、そのことを考えるということをわたしのために一生懸命幼いなりにやってくれてきたと思う。自ずと「考えて判断する」という行動が身についてくるのだと思う。「大事な人のために」という動機は、人間は常に強いものだと思う。
「しつける」というのは、「〜させる」「〜するようにする」ということだけではなく、実践を見せるということも大きいとわたしは思います。
S嬢
2005/09/17 07:15
「親の背を見て子は育つ」ですね。まずは親の方からやってみせて、しかもそれが「助ける」為に発せられるようになるとは考えても無かったです。相手の気持ちを思いやるようにとは思ってましたが、そういう風な形にもなるんですね。

 後、自分で考える力をつける為には、やはり親からの働きかけ(ああしろこうしろじゃなくて)が重要なんですね。こちらから問いかける、相談する、そういった形の中で子供が自分で考えるようになる流れが出来るんですね。

実践してみます。うちなりに、子供の反応を見ながら色々とやってみます。ありがとうございます、凄く参考になりました。
☆YAS!☆
2005/09/18 19:26
はじめまして。
通りすがりでこんな前のエントリーにコメントつけてしまってすみません。

育児を始めた頃の私に似ているなあと思いました。気を悪くされたら申し訳ないのですけど、ちょっと肩に力が入ってるなあと。

最初は私も私がこの子達をしっかり育てなくては、と思っていたのですが、最近やっと子供には子供の育つ力があって親にできることはそれを阻害しない事だと思うようになりました。

躾って何でしょう。今もわかりませんが、本来は礼儀や作法を教える事。やってはいけない事を教えるという面もあります。その方法は基本的に「伝える」ことですよね。必ずしも「叱る」事ではない。(私の勝手な考えですが)怒ると感情をエスカレートさせてしまいがちだし、そうなると逆効果なこともあるので、「真剣に伝える」というイメージで臨むのがいいのかなと思っています。

2歳までの子供はとにかく受容することが一番大事だといいます。もちろん危険なことや無理なことはだめですが、子供の要求をできうる限り受け入れてあげる事が人としての礎となるのだそうです。

haru
2005/11/15 20:02
もう一つお伝えしたいのは、子供の育ちをあせってはいけないという事です。理由もわからずとにかく「ごめんなさい」さえ言えばいいという覚え方をされては中身がありませんよね。

我慢という事を理解できるのは3歳からだといいます。それ以下の歳にできていうように見えるのは、親の顔色を伺って怖いからしないというだけのことで、状況を理解できていなければ本当の意味での我慢ではありません。
4歳の子供でも自他の境界はあいまいできちんと認識するのは難しいそうです。だから人のものを取っても悪いという認識がない。それを叱り付けても仕方ないし、人のものは取ってはだめと繰り返し伝えていくことでだんだんとわかってくる。それぞれの子供によって発達も異なるし、タイミングはまちまちだけれども、発達の段階に応じた躾も重要なのだと思います。

haru
2005/11/15 20:07
私が心がけているのは、主張がぶれない事と子供の気持ちを受け入れてあげる事です。だめなものはだめだけど、「欲しかった、やりたかったのにできなくて悲しかった」気持ちはしっかり慰めてあげる。そして泣くのをやめて気持ちを自分で立て直したらその事を褒めてあげる。まあ理想ですが。

つらつらと偉そうな事を書いてしまってごめんなさい。
でも子供のために一生懸命な気持ちがとても伝わってきて、おせっかいしてしまいました。

考え方は人それぞれだし、正しい子育てなんてないのかもしれません。一つの意見として参考にしていただければと思います。
haru
2005/11/15 20:10
コメントありがとうございます。叱ると怒るについては別エントリで書いてますけど、そのバランスを考えて悩んだりもしています。

まだ2歳半で、理屈抜きで体で覚えるというのもあるかなぁとも思ったり、でもそこまで厳しくも出来なかったり……と揺れている状態です。

ただ、「主張がぶれない事と子供の気持ちを受け入れてあげる事」は私も実践していきたいですね。主張が固まっていないのがネックですが(苦笑)。

人それぞれとは言え、実際に育てて先に立っている方から、自分の経験を教えて貰えるのは凄くありがたいです。本当にありがとうございます。参考にして、子育てしていこうと思います。
☆YAS!☆
2005/11/15 20:30

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